目的のないさんぽ。

古本買取 東京

サンズ・オブ・サン 郊外電車

霞ヶ関を散歩した。というより、霞ヶ関の真ん中に突っ立って、聳え立つビルと空を見上げに行ったという感じがする。休日で人は少なく、やたらと静まり返っていた。ビルと青空は相性がいいなあ。心地の良いひとりぼっち。周りに誰も、何もない。でも妙に清々しい気持ちになった。靴擦れをして、やたらと綺麗な歩道で、いそいそと靴を履き直す。警備員の人にちらりと一瞥されたが、別に悪いことをしているわけじゃないんだから放っといてほしい。棍棒などを持って、実におっかない。スンスン歩いていたが、霞ヶ関に長くとどまる理由は何一つないと思い出し、銀座の方までぶらりと歩き出す。銀座には人が多く、歩いているだけで疲れ、腰を落ち着ける場所が見つからなかった。
いつも店の外にまで人が並んでいる喫茶店の前を通り過ぎる。おそらくこの店のオムライス目当て。確かに、とっても美味しいけど、あんなに並んでまで待つ気力は無い。(実は食べたかったんで行ってみたが行列に辟易した)並んでいる人を横目に通り過ぎ、その足で何となく神田に向かったが、しかし別にこれといったものもなく、再び当てもなくぷらぷらと歩いた。
1、2年前なら喫茶店を探して、1日に何件も喫茶店のはしごをし、その時間を楽しんでいたけれど最近めっきりそういうことをしなくなった。相当暇だったのだ。
今も行き当たりばったりで見つけた(大抵食べログなどには載ってない鄙びた店)喫茶店でぼうっとするのは好きだけど。
最近もっとも居心地の良い場所・お気に入りのスペースはやたらと空いている電車の一番端っこの席。目的もなく電車にのっかって、眠たければ眠り、本を読みたきゃ本を読む。金もかからず、それなりに窓の風景を楽しめる。こういうのを楽しめる性質でよかったなと思う。もはや内田百間の『阿房列車』のような話だ。これはじいさんの話だが、私は一応まだ20代。もう少し派手な楽しみ方を、それなりに楽しめる年齢ではあるはずなのだけれど。でも『阿房列車』面白いですよね。「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようかと思う。」こんな婆さんになりたいし、こういう爺さんが伴侶だったら素敵だ。目的がなくとも、移動している時間を堪能出来れば何かが豊かになりそうだ。退屈だな、と思うより遥かに満たされている。ただどうしても「並んで待つ」ということはできない。この時間は退屈以外の何ものでもなく、第一景色が動かないから飽きてしまう。
でもなぜか人を待つことは苦ではなく、遅刻してきたところで「無事に来たんだね」という気持ちになるのである。
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